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教員からのメッセージ

「ゲノム編集で毒のないジャガイモをつくろう!」

研究室体験の始まりです。今日はゲノム編集で毒のないジャガイモをつくろうというテーマで、生命科学の先端技術であるゲノム編集を体験していただきます。ジャガイモには芽などにステロイドグリコアルカロイド(SGA)という有毒物質があるのですが、そのSGAをジャガイモの生体内で合成する酵素の設計図である遺伝子を破壊するわけです。ちなみに今、私が指し棒にしているのは、薬用植物の甘草(カンゾウ)の根です。当研究室ではジャガイモ以外にも、同じナス科のトマトや、モデル植物のシロイヌナズナ、タバコ、ミヤコグサといった多種多様な植物を材料として研究しています。

ここにあるのは、温度と光がコントロールされた人工気象器(グロースチャンバー)です。外界の影響を受けないために、また外界に影響を与えないために、私たち研究者はこの中で植物を育てています。この透明なボックスに入っているのはこの装置の中で育てたジャガイモです。普段見かけるジャガイモは塊茎(かいけい)と呼ばれる可食部なのですが、葉や茎はこんな感じなんですよ。2つのボックスのうち一方がゲノム編集を行う前のジャガイモ、もう一方がゲノム編集によって SGA 生合成酵素が破壊されたジャガイモです。見ただけでは見分けることができませんね。

では、どちらがゲノム編集前のジャガイモで、どちらが編集後のジャガイモか、分析作業に移っていきましょう。まず組織を取るため、ジャガイモの葉をサンプリングします。この作業はクリーンベンチと呼ばれる無菌環境下で行わなければなりません。クリーンベンチ内を無菌環境に保って作業を行うには経験が必要なため、私がやるのを見ていてください。上手に作業を行わないと、雑菌が混入してしまい、実験に支障をきたします。切り出したジャガイモの葉は粉砕装置用のチューブに入れます。

切り出したジャガイモの葉は分析するために粉砕します。先ほど葉を入れたチューブをこの破砕装置にセットしてください。チューブには葉だけでなくメタルコーンと呼ばれる金属製の重りが入っています。破砕装置を使用して高速振盪させることで、ジャガイモの葉が粉々に破砕されます。粉砕したサンプルを分け、一方をゲノム DNA の抽出に、残りを毒物である代謝物の抽出に使用します。振盪の速度や時間を変えることで、ジャガイモの葉のような柔らかいサンプルだけでなく、根や果実といった硬い植物サンプルの破砕も可能です。

ゲノム編集がされているかどうかを見分けるため、まず破砕したサンプルからゲノム DNA を抽出し、標的となる遺伝子を増幅するPCR 法と呼ばれる手法によってSGA生合成酵素遺伝子を増幅します。増幅した PCR 反応液をキャピラリー電気泳動装置を用いて解析すればゲノム編集の有無が見分けられます。さて、いよいよ解析結果がパソコンの画面に表れましたね。1本のきれいなバンドが検出された方がゲノム編集をしていないジャガイモで、標的遺伝子への変異導入を示す複数のバンドが検出された方がゲノム編集されたジャガイモです。

では次に、有毒物質SGAがあるかないかを分析してみましょう。まず、有機溶媒を使って粉砕したサンプルから生合成された代謝物を抽出します。有機溶媒を扱うため、この作業はドラフトチャンバーと呼ばれる排気設備内で行います。有機溶媒を扱っている場面です。有機溶媒は容易に揮発するため、誤って体内に取り込むことを防止するためです。このとき、サンプルの抽出と共に、分析結果からSGAを特定するためにSGA標準サンプルの溶液調製も行います。

ジャガイモの葉から抽出したサンプルと、標準サンプルを分析機器にセットします。これは高速液体クロマトグラフィー-質量分析器(HPLC-MS)で、液体に溶けやすい成分を分離し、解析することが可能です。奥の方に見えるのはガスクロマトグラフィー質量分析器(GC-MS)で、気体になりやすい成分を分析する装置です。今回の分析対象である SGA は HPLC-MS を使用しますが、対象とする成分によっていろいろな分析機器を使い分けています。

さあ、HPLC-MS で分析を行ったジャガイモの代謝物のデータを見ていきましょう。標準サンプルのピークと抽出サンプルのピークを比較して解析を行います。一方の抽出サンプルのデータには、代表的な SGA であるチャコニンとソラニンという有毒物質のピークが検出されましたが、もう一方の抽出サンプルは有毒物質のピークが小さくなっていることがわかります。もちろん、有毒物質がほとんど検出されなかった方がゲノム編集によってつくられた「毒のないジャガイモ」です。以上、ゲノムDNAと代謝物、2つの分析により、ゲノム編集によって有毒な SGA の含量を大きく低減できたことが確認できました。

さて、場所を移動してやってきたのは、研究室に隣接した植物室です。光と温度、湿度などの生育環境がコントロールされているため、外部の気象に影響されず、安定して植物を生育させることが可能です。先程までの実験に使用したジャガイモは、無菌的に培養したもので、手に乗るほどの大きさでしたが、この植物室では、ゲノム編集によってできた毒のないジャガイモを実際に土に植えて生育させています。すでにジャガイモが収穫できることも確認できているんですよ。しかし、将来の実用化のためにはまだ多くの課題をクリアしなくてはならず、それをめざして研究が進められています。

植物が育つには時間がかかるので、今日は生育したジャガイモを使ってできる実験を体験していただきました。短い時間でしたが、研究室体験を通して、研究材料としての植物の面白さ、ゲノム編集技術の重要性や可能性について理解を深めることができたのではないでしょうか。ゲノム編集を実際にやってみたい、植物を使ったものづくりをしてみたい、有用な植物を生みだしたいという方は、ぜひ大阪大学工学部をめざしてください。村中研究室で一緒にチャレンジしましょう。


生命先端工学専攻(現生物工学専攻) 村中 俊哉 教授

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生命先端工学専攻(現生物工学専攻)
細胞工学領域(村中研究室)