環境と生殖戦略

研究のねらい

生物は環境の変化を感知して、種の存続に必要な生殖の方法までも切り替えるシステムを進化の過程で獲得してきました。 ミジンコは、豊かな環境では単為(無性)生殖によってメスがメスの仔のみを産み、急速に増殖します。一方で、生息環境が悪化するとオスの産生を始めます。 すると、メスはオスと交尾(有性生殖)を行い、悪環境に耐えることができる耐久卵を産むことができるようになります。 初めてミジンコの生殖戦略を記した論文を査読したダーウィンをはじめ、長い間そのメカニズムは、生物学者の興味の的でした。 我々は、このようなミジンコの生殖戦略の分子メカニズムを明らかにするために、以下の2つの研究を行っています。


図1:ミジンコの生活環
単為生殖(asexual cycle)と有性生殖(sexual cycle)という2つの生殖戦略を環境に応じて切り替える。有性生殖卵は休眠卵(resting egg)であり、環境が好転するまで孵化しない。1)環境依存的な性決定メカニズムの解析、2)有性生殖卵の作製、孵化を引き起こす環境刺激(Environmental stimuli)のセンサーの同定を行っている。
1. 環境による性決定メカニズムの解析

 我々は最近、環境悪化に応答して産まれるミジンコのオスの性決定遺伝子の同定に成功しました [Kato et al, PLoS Genet, 2011]。 ヒト等で見られる性染色体により決まる性決定(遺伝性決定)とは異なり、ミジンコのように環境により性が決まる生物の性決定遺伝子はこれまで明らかにされてきませんでした。 興味深いことに、ミジンコの性決定遺伝子は、遺伝性決定を行う生物の性決定の関連遺伝子と同じであることを発見しました。 現在は、生物種を超えて保存された性決定遺伝子が、ミジンコでどのように環境による制御を受けるようになったのかを明らかにすべく、 性決定遺伝子の発現制御メカニズムの解析をしています。


▲図2:オオミジンコのオスとメス(上図:親個体の体全体の画像、下図:蛍光色素 YOYO-1 により核染色した胚の頭部の共焦点画像)
2. 環境センサーの同定

 ミジンコは生殖戦略の転換を成功させるために、少なくとも3回、環境の変化を感知しています。 1つは、性をメスからオスに切り替える時、2つ目は単為生殖卵から有性生殖卵の産生に切り替える時、そして3つ目は休眠卵が発生を開始する時です。 しかしながら、これらのタイミングでどのように環境の変化を感知しているのか、についてはほとんど分かっていません。 我々は、これらの環境センサーの実体を担う遺伝子の同定を目指し、研究を行っています。 環境センサーは高感度のバイオセンサーとして将来的には工学への応用も期待されます。


▲図3 オオミジンコの性決定遺伝子 doublesex1(dsx1)の発現
a) 胚における dsx1 のオス特異的な器官(第1触角:An1、第1胸脚:T1)での発現
b) 予想されるオオミジンコの環境性決定メカニズム(Juvenile hormone:幼若ホルモン)

どのような分野の研究か?

分子細胞生物学、発生生物学、環境生物学という分野の研究です。


実験材料は?

ミジンコの中でも最大であるため取扱いが容易であり、遺伝情報が整理され遺伝子操作も行うことができるオオミジンコを実験材料としています。

 
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