環境とゲノム
研究のねらい
生物は長い歴史の中で、環境変化に巧みに応答するシステムを獲得してきました。 しかしながら、人類の社会活動による急速な環境変化はそれを凌駕し、様々な懸念が生じています。 環境(生態系)の変化はまず、生物のゲノムに作用し、遺伝子発現が変化した結果、表現型の変化(重篤な場合は死滅)が生じます。 生物の表現型の変化は、生態系全体に影響を及ぼします。 すなわち、生物のゲノムレベルでの環境応答が、生態系全体をコントロールする重要なステップであると言えます。 我々は、ミジンコのゲノムレベルでの環境応答を理解するために、 以下の2つの研究・開発を行っています。
▲図1:ゲノム、生物個体、生態系の階層性 生態系として淡水生態系、生物としてミジンコをモデルとして、階層の下位に位置するゲノムから最上位の生態系を理解し、 環境変化による生態リスクを評価することを目指す。現在は、1)環境(生態系)に対するゲノムの応答の解析、2)ミジンコの遺伝子操作法の開発を行っている。 |
動物プランクトンであるミジンコは藻類の捕食者として、また小魚等の餌として淡水生態系の食物連鎖で中心的な役割を担っています。 環境悪化によるミジンコの個体数の減少は、生態系全体に影響を及ぼすことから、優先して環境変化の影響を調べるべき生物です。 また、ミジンコは生態学や毒性学の分野でモデル生物として古くから研究され、環境応答についての知見が豊富にあります。 我々は世界に先駆けて、ミジンコの遺伝子情報を整理し [Watanabe et al, Genome, 2005]、また一度に1万個の遺伝子の発現変化を解析できる マイクロアレイを開発してきました[Watanabe et al, Environ Toxicol Chem, 2007]。このようなゲノミクスと呼ばれる手法を用いて、 ミジンコの環境応答遺伝子を探索し、ミジンコのゲノムレベルでの環境応答を解析しています。
2. ミジンコの遺伝子操作技術の開発(1)のアプローチのみでは、ミジンコの環境応答に関与している“候補”を見いだすことしかできません。 環境応答を行うために必須の遺伝子であることを証明するためには、遺伝子操作を行い、遺伝子を働かなくさせたときに ミジンコが環境に応答しなくなるかを調べる必要があります。現在までに、世界で初めて、ミジンコの卵へのマイクロインジェクションの方法の開発に成功し、 一過的に遺伝子をノックダウンする技術 [Kato et al, Dev Genes Evol, 2011]、目的遺伝子を発現させる技術の開発に成功しました。ミジンコの遺伝子組み換えにも成功し [Kato et al, PLoS ONE, 2012] 、現在さらに高効率で簡単な遺伝子操作技術の開発を行っています。
▲図4:オオミジンコ Dll (Distal-less) 遺伝子の RNA 干渉による第2触角(a2)の欠失 a) 蛍光色素を含むdsRNA溶液を注入した卵(矢じり)と、未注入の卵(矢印) b) 対照の個体(大腸菌の遺伝子malEのRNA 干渉) c) DllのRNA干渉を行った個体 |
▲図5:オオミジンコ胚における赤色蛍光タンパク質 DsRed2 の発現 |
どのような分野の研究か?
ゲノム科学、ゲノム工学、分子細胞生物学、環境生物学という分野の研究です。
実験材料は?
ミジンコの中でも最大であるため取扱いが容易であり、遺伝情報が整理され遺伝子操作も行うことができるオオミジンコを実験材料としています。